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2011年6月 6日 (月)

お悔みを述べるということ

久々の登校で、たくさんの方にお礼を申し上げ、たくさんの方からご挨拶を頂いた。この間、弔事の対応について色々考えた。香典を差し上げるかどうかについては、自分の場合、3年前に義父、2年前に義母、そしても今回の実母と3年間にと3人の親を送っており、その場合にしていただいた対応に準じてきた。ところが、特にご挨拶を頂かなかった方の親族が亡くなられた場合は、どうしたらよいか少々困ってしまっていた。顔を合わせても、なにもお悔みを申しあげなかったこともあった。しかし、今回、母を亡くしてみて、香典の有無、通夜、葬儀の出席に関係なく、「大変でしたね」とか「さびしくなられますね」といったお悔みの言葉をかけて頂くだけで心が安まるということを身にしみて感じた。弔事のお悔みについて今、そんなことを思っている。

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